瓜連城の戦い(那珂市)

延元元年(建武3年,1336年)に瓜連城を中心として行われた南北朝の戦いです。楠木正成は常陸北朝方の佐竹氏を討つために,楠木正家を代官として派遣して瓜連に築城させました。建武3年2月佐竹貞義が広橋経泰・小田治久などの南朝方に対して攻撃を加えましたが、広橋・小田氏らはこれを撃退しました。この時貞義の子義冬が戦死しています。ついで4月,京都から陸奥へ下向の途中の北畠顕家は,足利方に立った小田一族の下野茂木,常陸の筑波北条,田中,小山一族の村田,常陸大掾一族の小栗などの諸氏を攻撃して,これを追い落としました。こうした情勢は南朝方の優勢かと思われましたが,足利方が優位に立つとともに、常陸国でも佐竹義篤が武生城(常陸太田市)に伊賀盛光らの軍勢を集め再び瓜連城を攻めました。これに対して,小田治久、広橋経泰らは楠木軍に加勢して久慈郡小里や花房山大方河原(常陸太田市)などで足利軍と戦いました。しかし,12月佐竹義篤を大将とする足利方の軍勢は武生城を出立して瓜連城に迫り,岩出河原(常陸太田市)で小田・広橋を破った後、瓜連城を攻略しました。

 

 

 

 

 

 

 


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