東城寺は筑波山麓(宝篋山麓)に在る寺院で、延暦15年(796)天台宗の僧最仙の開基と伝えられ、始め山中に建てられ、後に現在地に移されました。
鎌倉時代には、多気大掾氏に代った小田氏の帰依を得、真言宗に改まりました。経塚は、宝鏡山東麓の山中から発見され、銅鋳製の経筒には、保安3年(1122)・天治元年(1124)の年紀と大壇那として平致幹の名が刻まれており、常陸大掾氏の保護が厚かったことが知られます。