文政5年(1822)に飯塚伊賀七(つくば市谷田部出身)が作った大時計は,朝夕鐘や太鼓・笛と合奏して町内に時を知らせ,同時に時計を連動させて自宅の門扉を開閉させたと伝えられています。伊賀七は,名主を勤めるかたわら建築・和算・蘭学などを学んで谷田部領内の測量を行ったり,五角堂や酒買人形・飛行機・大型脱穀機なども作ったことから,「からくり伊賀」とも呼ばれました。五角堂とともに,県の文化財に指定されています。