一橋徳川家は、寛保元年(1741)、8代将軍吉宗の4男宗尹(むねただ)が、江戸城一橋門内に邸を与えられたことに始まります。田安・清水とともに「御三卿」と称され、将軍家の身内として処遇されました。この一橋家に伝来した人形は、歴代夫人や、姫君たちの遺愛の品と伝えられるもので、家格の高さを示すみごとなものです。
雛人形では、家柄を反映した有職雛(ゆうそくびな)が多くあります。なかでも伏見宮家から一橋家に嫁がれた東明宮直子(とめのみやつねこ)様(徳信院)のものと伝える雛道具は、この宮の婚礼調度を模した豪華なものです。また、御所からの下賜品として用いられたことからその名がある御所人形では、能や史上の人物に取材した見立てと称する人形に大形の優品がみられます。
今回は賀茂人形とよばれる小形の木目込人形を展示するほか、大坂の人形芝居竹田座に由来する竹田人形を初公開します。 |